2019-03-10 02:40 | カテゴリ:霧丸の休暇
先日、3日ほどお休みをあらかじめ申請して、
実家に帰ってた。

実家行きのお供は相方と瑠璃。

瑠璃はずっと寝心地がいい場所を探して廊下だろうがなんだろうが何振り構わず寝ていた感じで、
ここで生まれた相方はもう慣れきった感じで、
完全にもう我が家的な反応だった。

僕はと言うと、
親父特製のビールやらなんやらを美味いと感じ、
久々にネトゲに興じるも、
3時まで起きてしまい、うっかり寝る間も惜しむ羽目に・・・

あかん・・・親と一緒なのに自業自得で体調悪いなんて話があってたまるか・・・

しかし、ずっとネトゲしてなかったからか、
前よりグダグダできなくなったし、やろうと思わなくなった気がする・・・

あの時は本当に、どーにかしてたんだなと、しみじみ感じる。

そこで再会した猫のゆーすけ(漢字で書くなら遊助。命名は僕)
子猫だった時よりデカく、ある意味大物になってた。

何が大物かというと・・・

体はもちろんでかいけど、
態度も威張ってるわけでないし、
誰かと喧嘩するわけでもないし、
穏やかで甘えん坊で、
ちょっとオツムが足りない感があるけど、
とっても愛らしくて可愛いやつ的な感じ。
(詳しくはインスタに少し載せてある)

半年に一度くらいなら実家に帰るのもありかもしれない。
しょっちゅう帰ってたら、精神的に汚染されるけど、
たまになら、いいかもね。

仕事も、忍たまもない家。
たまには楽しい。


そして最終日、
大荷物を一旦一人暮らしの家に置き、
お疲れ気味の瑠璃を休ませ、
天気も良かったので、ふと出かける。

前から相方と話してたんだよね。

「お前が産まれた場所が気になる」と。


僕は埼玉県のA市で生まれ、
同市内のアパートに暮らしていたが、
3歳の頃に父親が家を建てたので、今の実家のある場所に引っ越して10数年そこで暮らしていたわけで、
よく実家の場所出身と言われるのがちょっと癇に障っていた。

言い出しっぺの相方を連れ、
僕は高崎線に乗り、久々にA市に降り立つ。

相方を連れてきたのは、これが初だった。

駅自体は綺麗になってから数回訪れていたが、
駅周辺はあまり変わっていない。
まぁ強いて言うなら、ミライザカや鳥貴族のようなメジャーな居酒屋が多くなったことや、
駅直結でLAWSONが入ってるマンションがある建物は一時期、
マンションのためにデッキを延長するなんて・・・!って騒ぎになっていたとかそうじゃないとか・・・

「お前が住んでたマンションってどこだか覚えてんのか?」

「いや、親父曰く、取り壊されて今は更地になってるってさ。でも、覚えてることはある」

僕は記憶を頼りに歩き出す。

確か、目の前にとある洋菓子店があって、
窓から出来たばかりのその店を眺めてて、
あと近所にお寺さんがあって、小さな公園があって遊んだって聞いたっけ・・・?

「いい加減だな・・・まぁ3歳だから無理もないか・・・」

相方の呆れた声を聞きながら、
10分くらい歩いてたどり着いた。

記憶の片隅にあった洋菓子店はそのまま残っていたし、
遊び場はなくなったけど、お寺さんは綺麗になってそのままあった。
遊び場がなくなったのはお墓が多くなったからかな?
なんて思ったりする。

肝心の僕が住んでいたマンションはというと、
確かに取り壊されていて、
跡地では新しいマンションの建築が進んでいた。

「へぇ・・・かなり大きいマンションだったんだな・・・ぶっちゃけ、今のお前んちより敷地広いだろ」

相方が、ぐるっと敷地を見る。

「そんなことないよ。ほとんど駐車場だった記憶がある。シャボン玉で遊んで、他所の車にシャボン玉が当たったからって言って、怒られたことがあったなぁ・・・」

「そんなことも覚えてんのかよ!」

「まぁ、ほんのちょっとだけどね」

マンションといっても、エレベーターもないし、
広いお風呂も、広い部屋もない。
防音設備なんてもってのほかだったから、
僕が遊べば、下の階に響くからと、
僕は音を立てないように、爪先で走り回っていたとか。

親父はそんな状況を見て、
僕たちが気にせず遊べる環境をと考え、
一戸建てを急いだらしい。

急いだわけだから、
便利な場所は資金的に足りず、
快速が止まらない駅から徒歩40分という不便な場所になってしまったわけで・・・

子供や妻に手を上げる最低な親父だと思ってたけど、
いいとこもあるんだなって思えた。

正直いって、親父がやったことは許されないし、
今は謝ってきてるけど許す気はないだろうけど、
アイツとて人であって親なんだな・・・

駅前の年季が入ったデパートにも立ち寄った。
無印とかニトリとか今時のテナントが入っていたのは意外だったが、
子供の頃に恐怖した不気味な階段や通路はそのまま残っていたのは感動だった。
あと、その通路の中で不気味なオーラを放つ健常者用のトイレとは別の場所に離れてある車椅子トイレもまたいい雰囲気だった・・・
今だったら一緒じゃないなんて差別だとか喚くフェミが多そうだが・・・


あと無駄に強調された公衆電話のネオンもまた、
歴史を感じさせてくれた。
この建物が出来た時は、多分公衆電話は貴重だったんだろうなぁ。
(今も3.11の時は携帯が通じず、公衆電話がなくて、あってもめっちゃ混んでたから、なくなったら困る。スマホはLINEとかで電池ぶっ飛ぶしry)

今住んでる場所からそう離れていないのにノスタルジアを感じるこの場所。
やっぱり、生まれ故郷というのは、きっとそれぞれ無意識でもそれなりの思い入れがあるのだろう。

最近はなんでもかんでも新しくなっていくのが当たり前でも、
変わって欲しくない場所だってあるものだ。

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