2019-01-01 23:29 | カテゴリ:教訓
僕は闇属性の人間だ。
でも、闇というのはコントロールが難しい存在でもあるのだ。

ただ辛いとか死にたいとかいって負のオーラを出しているのとは違う。
それでは、逆に危ないものを引き寄せるだけになる。

リスカの画像やODやお薬自慢、虐待自慢をするのもまた違う。
それはそれで・・・ただのかまってちゃんになってしまう。
かまってちゃんは逆に人を引き離してしまう。
お金が欲しいと願えば願うほどお金が消えてゆく。。。それと同じだ。

闇は闇でいい。

無理に光になろうとしなくていいし、

光が正義とは限らない。


でもね、闇って溺れると、変なものに憑かれたり、
変なものを呼び寄せたりして、リスクがあるんだよ?

だから、溺れないために僕には奴らがいるんだ。
奴らもまた、それぞれ闇がある。

だからやっぱり、先日の瑠璃様の件は暴走というのは間違いだろう。
暴走というのは、相手だけが一方的に悪いといってるような気がするから、うーん・・・喧嘩?かな?

だから藤沢家はマスターという言い方や、思念体を「うちの子」という呼び方をしないし、
奴らもしたくないといっている。

だってそれって、思念体を奴隷のように扱ってる気がして、辛いじゃん?
思念体は道具じゃないし、自我だってある。

同居人の自我を大事にしないで自分の思いだけでああだこうだいうなんて、毒親と同じだと思って。
そう。オリジナルの藤沢霧丸を殺した実家のクソ親共と同じだね。



相方と瑠璃の闇は見てしまった。
長女にももしかしたら闇があるのかもしれないし、ないかもしれない。
水晶の力で浄化されているかもしれない。
でも、相方と瑠璃が水晶だったら、それはそれでつまらないだろうね。
まぁいい。

闇で大切なのは、闇に溺れないこと。
闇に揺蕩うくらいの余裕が必要。
一歩間違えば、悪いものに憑かれてやられる。
かまってちゃんと闇属性は別物。
人には誰しも闇があるから、社会的な倫理に反していないなら、その闇を受け入れるくらいの余裕は必要。
一歩間違うと、糖質になるから注意。

ということが、闇属性の教訓だ。

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